ブックフェアを懐かしく思ふ--その2

ロンドンに無事上陸した友人がバスジャックにあったという知らせを受け、続きを書こうと思い出しました。わたしは近年どこかしらに出かけると、国内外に問わず、その1〜2週間後に訪れた付近が爆破されちゃうとか、火事になっちゃうとか、なにかと後日談までも旅の土産になってしまうというデキゴトが続いている。たぶん偶然だと思うけど。そんなことを思い出しながら……。
数年前、バブル後期の追い風に後押しされて、副編集長全員とわたしとジィジとでフランクフルトに参加した年があった。いやぁ、総勢7名ですか、いまだかつてない民族大移動ですよ。先方版元とのアポには二手に分かれ、わたしがどちらにも顔を出すという按配だった。さすがにキッツイです。お昼休みは運がよければとれるというもので、普段食べなれない朝ゴハンをがっつり食べ→途中の電車でトイレに行きたい衝動に駆られ→ガマンの子という日々を繰り返す一週間だった。まあ、なんといってもドイツパンがうまいんですよ。ライ麦のパンでもサワー種というのかな、発酵生地のすっぱさがこれまた美味で、ついつい食べ過ぎちゃうのよね〜……ま、それはともかく。
初日の夜、大事な取引先の版元のお姉さまからディナーに誘われ、わたしとK女史が行くことになった。ディナーは繁華街から少しハズれたギリシャ料理の店で、話も弾み楽しい宴だった。たったひとつ、ドルマダキアというぶどうの葉で巻いたチマキもどきが塩辛く、ワインで押し流しつつ「この皿、はよ終わってくれ」と祈っていたことを除いては。
わたしたちはフランクフルトから電車で40分ほどのマインツに宿泊していた。ジィジのお気に入りだった、というだけの理由で。考えてみれば、たいしたことない市内のホテルがべらぼうな値段(ひどいところは4倍に跳ね上がる)になり、会場とホテルの往復だけで、10月の灰色のフランクフルトをうろちょろするよりは、電車に乗って移り変わる景色と紅葉を愛でるほうがずっといいもんね。
フランクフルト市内は、この時期なかなかタクシーがつかまらない。ディナーもおひらきになるころ、駅までのタクシーを呼んでもらって小1時間が経ち、さすがに終電に間に合わないとあせり、見本やパンフレットなどごっそり詰めた重たいバックを持って小雨のなか駅まで歩いた。駅に着くと、終電が発車した5分後だった。ひとまず近くまでは行こうと、マインツ方面の終電に飛び乗り、弾き出された終着駅は、「ここはどこ……?」だった。駅前ってもっとにぎわってるんじゃないの? タクシー乗り場は? ないない、そんなもんないよ。だいたい無人駅だったんだから。酔いが醒め、体温が下がった。しまった! もっと手前でいいからターミナル駅にしとけばよかった! なんてことは後の祭りで、タクシーが通るのをひたすら待つこと数十分、ようやく一台のタクシーが徐行してきて、K女史と二人で正面に回りこんで両手を挙げて止めた。乗車した途端、K女史が「マインツ中央駅前までおねがい」とドイツ語でまくしたてたときはたまげた。ドイツ語専攻だったんですか? いえ、このフレーズを電車のなかで暗記してました、と云われ舌がくるくる巻きになった。
30分ほどでホテルに到着した。K女史と部屋の前で別れ、部屋に戻りシャワーを浴びて髪の毛をドライヤーで乾かしていたら、火花が飛んで部屋が真っ暗になった。焦げ臭いにほひも充満していた。いやぁ、不覚にもヒューズを飛ばしてましたよ、あっはっは。フロントに下りていくと爺さんがひとり番をしていた。事情を説明すると部屋まできてくれて、ブレイカーをあげてくれた。ドアにかけていた「Do not Disturb」がノブから落ちていたのを拾い上げながら「ホントにDo not Disturbだよ」といやみのジャブをひとつ食らった。まあボヤが出なかったのが幸いか。そして、7人の旅の仲間の珍道中はまだつづくのである