さそり in 箱根

箱根神社の鳥居

いいじゃない。たまには。ずるやすみ。うんうん、そうだよねー。とりあえずこのままだと代休消滅するしさ、夏からこっちちゃんと休んでねーよ、ということで、金曜日発のデトックス祭り in 女4人の箱根旅行に出かけた。普段は飲み会で憂さを晴らす気楽な仲間なのだが、今回は初の旅行となれば、前日から遠足を心待ちにした子どものように無駄に興奮していた。ロマンスカーを降り立ったとき、空気がちがう! と思った。いきなり木の香りですよ。訪れた温泉も旅館もお料理も申し分なくて、かみすぎて荒れていた鼻のまわりも美肌の湯でころっとダマされたかのように治癒。江戸時代からの源泉風呂というのがこれまた趣のある湯殿で湯の華が雪のように幻想的に湯のなかで舞っていた。
翌日は元箱根→箱根湯本へのルートで帰路につく。あとから考えてみたら、箱根湯本に着いた観光客と逆のルートだったので、混雑をまぬがれたのだと思った。まずは箱根登山バスで元箱根へ行き、箱根神社へ参拝。途中で「曽我兄弟の墓」という印象的な名前のバス停があってその由来を箱根神社の境内に建立されていた曽我神社で、日本三大あだ討ちのひとつだったことを知る。五郎杉十郎杉という歌まであって、なんとも悲しい。芦ノ湖に浮かぶ箱根神社の鳥居は、朱色の濃さが水面に反射して目にしみた。芦ノ湖の遊歩道を散歩しながら海賊船の乗り場へ。湖面をなでてくる風は船上で受けるには冷たすぎて、すぐさま船内へ移動。詳細は伏しておきますが、海賊船の装飾には面食らうものがある。ぜひ乗ってみてきてください。桃源台からは大涌谷までロープウェイに乗る。大涌谷でいったん降りて玉子茶屋を目指し、硫黄の臭いの充満した遊歩道と云うには険しい道を茶屋に向けてガシガシと登る。茶屋目前で硫黄がツーンと鼻と目にきた。延命の効用があるという黒たまごはふつうの固ゆでたまごのようで、ひさしぶりに「ゆでたまご食べたね」という感想のほかとりたてて云うに及ばず。1つ食べると7年延命するって云うけど、どっちかと云うと7年若返るほうがいいよな、などと風情のないことを抜かして大涌谷を後にする。ふたたびロープウェイで早雲山まで下る。今度は360度パノラマのロープウェイというだけに紅葉が視界を邪魔されずに目に飛び込んでくる。紅葉を楽しむには今週が最後かもしれないな。紅葉は光の加減で発色のよい蛍光赤から、ドライフラワーにした薔薇のような沈んだ色まで赤も紅も朱色も、言葉で表現できないほどの種類があった。山のところどころは緑の針葉樹林が生い茂っていて、木々が三角に浮き彫りになっているように見えて、なるほど地図記号の針葉樹林はこれから来ているのだなとしみじみ思った。早雲山から強羅までは登山ケーブルでゆるゆると下りる。途中に某大手版元のたいそう立派な保養所が鎮座ましましていて、下世話ながらやっぱ大手っていいですなと思った。最後に強羅から箱根湯本まで登山電車に乗った。なぜかスイッチバックに昂ぶりを抑えられない。電車を1本やり過ごして一番先頭にスタンバイ。前夜のタモリ倶楽部で運転車掌の細かな動きを確かめる目的も果たせた。スイッチバックのときに足早にアナウンスをする車掌と運転車掌がスイッチバック。息の合った無駄のない動きに感動すらする。途中で観光客が線路際まで出てきてのぞきこむ姿にアクシデント? とさらに昂ぶったのだが、即座に運転車掌が冷静に電話連絡(そんな電話があったことも新たな発見)したり、やはり鉄な人が三脚をセッティングして本格的に電車撮影する姿も見た。古いトンネルをいくつか抜けて、途中で線路交換作業の人の車掌への敬意なんかも窺えて、じんわりする(非鉄な人)。しかし車掌が持っているあの小さな取っ手つきのバックにはなにが入っていたのだろうなんて予想しながら、終点の湯本に着くと人であふれ返っていた。土日で旅行に出る人々には申し訳ないけど、やっぱり一日前倒しで来てよかったなと思ったよ。帰りに持ち込んでいた酒とツマミを肴に話していたときにみんな口々に「帰りたくなーい」と云っていた。頭の片隅には箱根神社でひいたおみくじの文言を思い出しながら。思いもかけず大吉だったのだが(!)そこに書かれた「神様の言葉」のようなものによると「人はご飯を食べるために生まれてきたのではない、人は着飾るために生きているのではない。神様に与えられたことを成し遂げるために生まれ生きているのだ。一生懸命働け」みたいなことが書いてあったのだよ。デトックスな旅で毒も出して、お金を使った後は知恵でも使えってことか