Myラー油

近所に冷やし中華で有名な店があって(なんかのテレビ番組で紹介されたらしい)、そこに先日お昼を食べに行ったわけだが、隣の席の人がおもむろにかばんからMy豆板醤を取り出した。
その方曰く「最近の中華は日本人にあわせすぎちゃって、こうして自分の好みの辛味を持ち歩かざるを得ないんですよね。これね味はいいんです。すごく辛いってわけでもないんです。試してみます?」と連れの方に勧めていたが、話ながらどんどん辛味を投入していくもんだから、頼んだ中華丼は元の色味をとどめず真っ赤になっていた。明らかにかけすぎ。まあ辛いもの好きのわたしが云うのもなんですが。それで思い出したのは父もMyラー油を必ず持ち歩いていたことだ。それも吟味を重ねある銘柄にたどり着いてかれこれ20年近く同じものを愛用している。当時日本には見当たらず、ロンドンのチャイナタウンか香港にしかないんだよ! と力説して仕事の行くたびに買い求めていたのだ。そしてリタイアが近づいたある日、たまたま帰省していたわたしが目にしたものは、帰国したばかりの父のスーツケースの半分にそのラー油の小瓶が隙間なくびっしりと入っていた光景だ。最後にロンドンに行ったときには、箱買いをするほどにエスカレートしていた。笑ったのは、間違いなく「おいそれと買いに来られなくなる」という焦りのあまり箱買いしたはいいものの、賞味期限が2年だと知ったときの落胆ぶりだ。ちょっと冷静に考えれば当たり前の話じゃねーの? と思ったが、それから気前よく帰省するたびに、小荷物を宅急便で送ってくるたびにラー油が1本2本と滑り込ませてあった。どう考えても消費に対する需要が多すぎるもんな。それから5年ほど経ったとき、出張でロンドンに行く話をしたら、普段滅多に手紙など書く人ではないのに、突然父から一通の封書が送られてきた。開封すると、そこには「元気か?」という短い前振りとともにラー油のラベルの絵が描かれていた。「ついでにこれも買ってきてください。お代はのちほどお返しします」と締めくくられていた。わー、まだ愛用していたのかっ!? それにしてもラー油ごときにこの情熱はどこから来るのかと……。そして先日帰省した折にやはり実家にはこのラー油があった。帰り際に姉に向かって「おーい、ラー油頼むぞ」という一言も忘れない。どうやら最近では横浜の中華街で売っていることが判明したようで、以前のようなバカげた箱買いはやめたようだ